の完成なのだが

小学校高学年から中学卒業までが、わたしのコア、核を作っている。
もうじき古希になろうというシニアが、遠い目をして思いを馳せるのは、滑稽かも知れないが。
多分わたしの知能面ではピークだったのだろうscientific research
その後、良い恩師に巡り会い、導いてくれたなら、素晴らしいサクセスストーリーの完成なのだが、、、
残念ながら、わたしの不徳の致すところで、せっかくの良い恩師を敵対視し、自業自得の流れになった。
張り詰めた糸が切れ、崩れるのは、一瞬だ。
夫もそうなのだが、天性のものだけを維持する努力はするが、それ以上は頑張らない。
最低限の努力のみ。
料理でいえば、塩胡椒のみ。
必要なら火を通すこともある。

今、思えば、夫婦で似ている。
だめだめ夫婦だ。苦労が足りない。ぬるい。
だから相性が合わないのだろう電機工程

と、話は逸れている。
まあそれはそれとして。
小学高学年の暗黒時代を過ぎ、中学時代は、緊張感を持ち、張り詰めて時を過ごしていた。
ちなみに、野球部エースだった親戚のお兄さんが、いつも中学時代の話をイキイキ自慢げにする。
勉強もスポーツも出来て、モテモテだったんだそう。
やがて高校に進学すると、まわりは秀才ばかりの中で埋没。
よくある話だ。
未知のポテンシャルがある未来に向かって羽ばたく時期。
もちろん頭打ちなど夢にも想像せず。
何かに打ち込んで努力している時代は輝かしい。
わたしの場合は、高校以降は、伸び切ったゴムのようだったのかも知れない。
自分の能力に早々と見切りをつけた。
サボり気質は昔から。

どんな子とも互角に全力で頑張り合った時代が懐かしい。
後にも先にも小学高学年から中学卒業までの、その6年間だけではないだろうか。
その後、余生は延々と今も続いてい通渠推介る。